風の通り道を歩く
いつもの街を離れたら、足音と葉ずれの音が近くなった。
急がずに歩いて、心に残ったことを。
いつもの街を離れたら、足音と葉ずれの音が近くなった。
陽だまりの窓を見つけて、もう少しここにいようと思った。
何かで埋めなくてもいい時間。静けさを、そのまま味わう。
少し立ち止まってみると、
いつもの景色が、やさしく見える。
「山のたより」は、風景と暮らしを綴る小さな読みものです。散歩の途中で浮かんだこと、窓辺に差し込む光、平凡な一日への小さな好奇心。そんなかけらを、少しずつ集めています。
ここで過ごすひとときが、遠くから届く手紙のようでありますように。
地図の上では、ただの細い線だった道。歩いてみると、そこには葉ずれの音があり、雨上がりの土の匂いがあり、曲がり角の向こうにふっと開ける空がありました。
山道は、急ぐことを求めません。少し疲れたら石段のそばに腰を下ろし、隙間から伸びる草を眺める。遠くから人がやってきて、またゆっくりと遠ざかる。風だけが、その間を行き来しています。
目的地がなくても、歩くことはできる。歩幅を少し小さくするだけで、いつもは見過ごしていたものの奥行きに気づけるのかもしれません。
街にも、静かな時間があります。すべての道が忙しさにつながっているわけではなく、どの窓の向こうにも、急いで終わらせなければならないことがあるわけではありません。
午後の街角。木の葉の間から落ちる光が、壁の上をゆっくり動いていました。窓辺の鉢植えが、通りを歩く人に挨拶するように葉を伸ばしています。立ち止まっていると、少し遅れて着く日があってもいい気がしました。
急がずにいられる時間を、自分に少しだけ。見慣れた街も、いつもとは違う表情を見せてくれます。暮らしは、次の角を曲がることだけではないのです。
お湯を沸かし、湯のみを温め、茶葉がゆっくり開くのを待つ。湯気がのぼって、ほどけていく。小さなひとつのことに、ちょうどよい速さが戻ってきます。
机には、読みかけの本が一冊。窓の外では、風が葉を揺らしています。このひとときまで、きちんと予定で埋めなくてもいい。静けさに、急いで意味をつけなくてもいい。
余白は、何かが足りないことではありません。好きなもののために残しておく場所であり、自分への小さなやさしさであり、お茶一杯がほどよく冷めるまでの時間なのだと思います。